桜の円山公園(京都市東山区)

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桜が咲く 円山公園(まるやまこうえん)

 

円山公園(まるやまこうえん)

円山公園の場所 京都市東山科区円山町463
円山公園への電車とバス
 阪急電車「河原町」、東へ徒歩約20分
 京阪電車「祇園四条」下車、東へ徒歩約15分
 市バス「祇園」下車、徒歩約5分
  (京都駅前より市バス100系統、206系統乗車)
 八坂神社の西楼門から八坂神社の境内を経由して円山公園へ歩きます。 

別サイトの円山公園祇園枝垂桜もご覧ください。

円山公園の由来
(まるやまこうえんのゆらい)

 平安の昔、今の円山公園一帯は一面真葛(まくず)や薄(すすき)などが生い茂り真葛ケ原(まくずがはら)と呼ばれていました。鎌倉時代、慈円僧正(じえんそうじょう)が
『わが恋は松を時雨(しぐれ)の染めかねて
 真葛ケ原に風さわぐなり』
       (新古今集(しんこきんしゅう))
と詠んでから一躍和歌の名所となり、以来多くの歌にうたわれました。江戸時代に入ると安養寺塔頭(あんようじたっちゅう)の六阿弥(ろくあみ)(左阿弥、(さあみ)、也阿弥(やあみ)などいずれも何阿弥(なにあみ)と称した六坊(ろくぼう))が席貸を始め、次第ににぎやかさを増してきました。
 この頃から『慈円山安養寺(じえんざんあんようじ)』の『円山(まるやま)』がこのあたりの呼名(よびな)となったと伝えられています。
 明治19年10月、京都府は円山一帯を公園地に指定し、同22年12月市制が施行されると同時に京都府から京都市の管理に移されました。その後何度か拡張工事を行い、大正2年、平安神宮神苑(へいあんじんぐうしんえん)をはじめ無鄰菴(むりんあん)、碧雲荘(へきうんそう)などの名園を創り出した造園家、小川治兵衛氏(おがわじへいし)の手により中央に池を配した回遊式日本庭園に作り変えられたのが現在の円山公園の姿です。 京都市
上の文は円山公園に掲示されている京都市の説明板の文を書き写しています。

京都の観光円山1

京都の観光円山2

京都の観光円山3