由 緒

比叡山延暦寺
(えんりゃくじ)

 伝教大師最澄が比叡山を開山したのは788年、延暦7年で今からおよそ1200年も前のことです。比叡山延暦寺は厳しい修行の道場であることが知られていますが、日蓮、親鸞、法然などがこの山で学問と就業を積み多くの宗祖、高僧が輩出されています。

 平安遷都の際に桓武天皇が都の東北の鬼門を守るようにと延暦寺に命を出し、比叡山延暦寺は繁栄しましたが、1571年、元亀2年の織田信長による比叡山焼き討ちで延暦寺は堂宇のほとんどを失いました。

 比叡山延暦寺は東塔、西塔、横川の三つの地域に分かれています。根本中堂などが建つ東塔。少し離れた西北の転法輪堂(釈迦堂)、にない堂などが建つ西塔。東塔、西塔からずっと北に離れたところに横川中堂などが建つ横川があり、三つの地域がそれぞれ異なる歴史と特色を持っています。

 国宝の根本中堂は東塔の中心をなし、延暦寺の総本堂でもあります。「不滅の法灯」は最澄自作の薬師如来の前で、延暦寺創建以来の1200年もの永い間を消えずに灯り続けています。

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